1.択捉島訪問記 2.国境」を越えた 3.一路択捉島へ 4.島の自然 5.ホームスティ
6.島の人たち 7.島が好きだ 8.ピクニック 9.音楽に国境なく 10.共存の道はあるか

遙かなる祖国 (1)

− 択 捉 島 訪 問 記 −

 終戦から55年もたって未だ解決されていない戦後処理の問題、それが北方領土の返還です。
国後、択捉、歯舞、色丹の四島には終戦まで日本人が約17,000名居住しており、 れっきとした日本国でした。日本が降伏した1946年8月15日以降に侵攻してきたソ連軍は 島民を北海道などに退去させたのです。
ソ連の不法な占拠に抗議して島民を中心とした 返還運動が、ただちに終戦の年の12月から始まりました。

 皆さんは羅臼町に行かれたことがあるでしょうか。
目と鼻の先に国後島の大きな島影を望む事ができます。晴れた日には納沙布岬から歯舞群島 を見ることができます。
島を追われた人たちが目の前の故郷に毎日望郷の念に駆られ無念さを 噛みしめながら過ごしてきた時間の長さを思うとき、戦争の傷跡の深さと国家外交の難しさを 痛感せずにはおれません。

 それでも近年では、ロシアのエリツィン前大統領と日本首脳の間で2,000年までに平和条約を 締結し、領土問題に決着をつける方向で協議が進んでおり大きな期待を抱かせましたが、 プーチン大統領に替わってから雲行きが怪しくなってしまいました。
ただ日ロ両国の交流の成果は着実に拡大しており、人々の胸に刻まれた交流の歴史は 必ずや国境の垣根を越えることができると私は確信しております。
それにはまず、何を置いても粘り強く返還運動を持続すること以外にないと思っているのです。
そして、北方四島の返還なくして日本の戦後は終わらないのだという今日的意義を、 もう一度広く国民に認識していただくことも重要です。

 私は道議会の北方領土対策特別委員会に所属している関係で、5月22日から25日まで、 元島民や返還運動関係者など総勢61名で択捉島を訪問し、ロシア人との交流を図って参り ました。
初めての訪問だけに認識を改めた点や、課題もたくさん発見できた有意義な旅でした。
この拙文は読者の皆様に、北方領土返還運動に更なるご理解をいただくことと、択捉島の 現状や現島民がどのように生活しているのかを報告することを目的に記したものです。

つぎへ